スコード! ここはガンダムオンライン従軍記/富野由悠季監督作品大好きなオールドタイプのブログ


ガンダム勉強会2015 Gレコ①


8月6日に行われたガンダム勉強会2日目の報告です。
この勉強会の真の目的は、富野監督が4/12の講演会で仰っていた「若い人たちにGレコを見せる」ことなのです!
Gレコは一見してわかりにくい箇所もあるので、少しでも若い世代にGレコを楽しむための手助けになればと思い計画しました。

~大まかな流れ~
1, 第1話「謎のモビルスーツ」上映
2, 冒頭の演出について
3, 3人の主人公から物語を読んでみる
4,第23話「宇宙のカレイドスコープ」について
・・・という流れで行いました。




<冒頭の演出について>
第1話上映後、冒頭のラライヤ脱出のシーンについては、私が以前このブログで書いた内容を話しました。

ラライヤに関する記事

「ラライヤは赤ん坊として物語に登場した」という考えの記事です。
カンタンに説明すると、25話「死線を越えて」での大気圏突入のシーンはセックスを表現しているという話を受けて、ラライヤが地球に降下してきた=受精であり、Gセルフから飛び出すシーンは出産のように見える。

ラライヤ2


突然物語に放り込まれるこの入り方も富野作品ではよく使われる方法であること、キャラクターの動きについても、かならず動作の途中から始まり途中で終わることや、ラライヤが赤ちゃん→人間→神(みたいな存在)へと変わっていくことを途中映像を流しながら説明しました。


【意見・感想】
「Gルシファーが複座になっていて、ノレドの隣が空いているのは父親がいないということを表現しているのでは?」
「Gセルフ1機に対して複数のMS(男)が群がっているのも精子(カーヒルやデレンセン)と卵子(Gセルフ)にも見える」

ガンダム勉強会2015 Gレコ② 複座

ガンダム勉強会2015 Gレコ③ 受精

φ(*’д’* )メモメモ

<3人の主人公から物語を読んでみる>

ガンダム勉強会2015 Gレコ④ 図解1

ベルリを中心にアイーダ、ラライヤに起こった出来事を並べてみました。
検証していくと、次のことがわかりました。
それは、「親離れ、子離れできなかったキャラは死んでいく」ということです。
Gレコをご覧になっている方はご存知のとおり、ベルリは母親から、アイーダは父親から精神的に自立していきますね。(ラライヤはノレドから、かな?)
それが出来なかった、その事実を受け入れきれなかった人は戦場で命を落としているのです。

わかりやすいのは、ロックパイとマッシュナーですね。

ガンダム勉強会2015 Gレコ⑥ ロックパイとマッシュナー
第22話「ニュータイプの音」のベルリのロックパイ撃破シーンを上映し、2人(ベルリとロックパイ)を比較して話し合いをしました。


自立が生死をわけると考えた時、最後まで答えがでなかったのは「ルイン・リー」でした。
彼がなぜ生き残れたのか。今になって思えば、バララから自立した、ということなのでしょうか。
ダンバインの最終回、黒騎士と刺し違えるショウ・ザマのシーンも上映しつつ比較してみました。

ガンダム勉強会2015 Gレコ⑦ マスクガンダム勉強会2015 Gレコ⑧ バーン・バニングス

Gレコは、まだまだお勉強しどころ満載です(^q^)

<第23話「宇宙のカレイドスコープ」>
私がGレコ全26話の中で、特に好きな回を上映しました。
好きなだけではなく、Gレコ全体を表現している回でもあり、いろんなコトが起きる回であり、ひとつのクライマックスを迎える回です。

バララがマスクから(精神的に)離れ、ビーナスグロウブ製のMAユグドラシルで和睦しようとしていたアメリア艦隊とトワサンガ艦隊を曲がるビーム・テンダービームで攻撃します。
ユグドラシルの三角形(ピラミッド型ですがw)はカレイドスコープととても関係があります。

ガンダム勉強会2015 Gレコ⑤ 図解2


カレイドスコープつまり万華鏡というのは「三面鏡」でできています。
三枚の鏡の連なりで様々な模様が無限に生まれます。
参考URL
http://www.h7.dion.ne.jp/~kagaku/MirrorsSetAgainstEachOther/MirrorsSetAgainstEachOther.html

そしてGレコには「たくさんの三角関係」が複雑に絡み合って出来ています。
勢力も人間関係も、です。
そして、そのトライアングルは連鎖するようにつながり合っています。

世界を体現する神木「ユグドラシル」。その中心にいたのは嫉妬、情念に狂い、自らを「完璧」と称する女性バララ。
強大な敵に立ち向かい倒すことができるのは、過去と現実を受け入れ、親から精神的に自立を果たしたベルリ、アイーダだった、という未来への希望を示した回だった。

その代償としてアイーダは父グシオンを失いますが、次の回では「父は軽率だった」と悼みながらも、自分たちがやってきたことが狭い世界だったことを感じ、理解しようとしています。

戦闘前のシーンでも、アサルトバックパックでの狙撃をいやがるベルリに対し、カーヒルを死なせたことを許しています。10代の女の子が恋人を殺した相手を許すということは、とてつもなく大きな意味を持っています。

それを素直に受け止めるベルリ。

姉弟だから、だったのかもしれませんが、「ユグドラシル=世界」に立ち向かうためには避けて通れないことだったと思えます。
「相手を許すこと」は「強くなること」なのかもしれない。
(ベルリは許してもらうための努力をしていましたしね。謝らない人は許さなくていいと思う)

・・・と、勉強会ではここまでは話していませんでしたが、ちょっと勢い余りました(汗)


<「G」とは元気のGであり、現実のGなのかもしれない>

最終回のクレッセントシップ世界巡航から新人声優デビュー場面、日本からベルリが旅立つ場面を観ました。

ガンダムの年表では西暦から始まります。宇宙世紀を経て、リギルド・センチュリー、Gレコの最終回へ向かいます。(厳密に言えば、ターンエーですが、ちょっと横においておきます)

ファンタジーは、現実世界と異世界の行き来があることが重要です。

富野作品においては、ダンバインやバイストン・ウェル物がそうですね。
「ガンダム」に関しては、はじめの「西暦からスタートしている」ことが現実世界になっており、Gレコ最終回では「日本」がそれに当たるのだと考えます。

ドニエル艦長の何気ない「日本で降りたろ?」で観客は一気に現実に引き戻されます。
あの一言は地上界に戻るためのオーラロードであり、その先の日本には、監督が待ち構えているわけです。
これは「いつまでも宇宙世紀にとどまっていてはいけない」というメッセージなのでしょうか。
今までのいわゆる「ガンダム」世界から現実世界に帰るための、いや、行き来するための「扉」がGレコにはあるのだと考えます。

演劇をご覧になったことがある人は「カーテンコール」を観たことがあると思います。「カーテンコール」はただのご挨拶ではありません。

舞台上で、劇中で、人を傷つけたり、ひどい目にあったり、死んだり、殺されたりするのを目の当たりにして「体験」します。観客は心身に、無自覚にダメージを受けています。ですが、最後にカーテンコールをすることで「はい、今までの出来事は全部お芝居でした!だーれも死んでませんよ!」と観客を安心させます。

カーテンコールは現実に無事に帰ってくるための「癒やし」を与える儀式と言えます。

最終回の「日本」のくだりは、まさに富野監督によるカーテンコールだったと考えています。
(しかし、映画監督さんというのは出たがりが多い人種とも言えます)





以上で、ガンダム勉強会2015の報告を終わりたいと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございます。

今回、ライターの菰田将司さんが参加してくれたお陰で、例年より盛り上がりを見せ、学生たちにもよい刺激になりました。心より感謝いたします。

これからも定期的に勉強会を行っていきたいと考えています。
富野作品やガンダムが好き!な方であれば、どなたでもOKです。
ツイッター等で発信していきます。

これからもよろしくお願いします。

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管理人のにけ・にっけるです。

富野由悠季監督作品が大好物です。
ガンダムオンラインで心を鍛えています。

ガンダムや富野作品を通じて、いろんな人と出会い、2015年春には富野監督に直接お会いすることも叶いました。

ブログ名は、言わずと知れた逆シャアのラストに出てくる一般兵の名台詞から。

これからも精進していきます(何を!?)

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